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昭和2年 金鶏学院開校 金鶏会館大講堂

日本農士学校

学寮玄関・講堂・恩賜文庫

昭和6年4月、

埼玉県比企郡菅谷村畠山重忠の館跡に

23ヘクタールの敷地と農場を有する

日本農士学校を創設

(現・郷学研修所周辺)

 

明治31年(1898)順慶町(現・中央区長堀)に素封家の堀田喜一・悦子の四男として生まれる。7歳にして大学の素読を受け、

小学校時代漢学漢詩を学ぶ

 

大正10年10月、24歳で

玄黄社から処女出版

大正14年 社会教育研究所にて

前列右から4人目が安岡

神饌田田植式

後列右・吉川英治その左が安岡

「万世の為に太平を開く」

「終戦の詔書」に安岡が加えた文言の一つ。

宋・張横渠の言葉。

安岡が手を入れたことで有名な

終戦の詔書刪修原案

日本農士学校長老室にて

安岡当時34歳

昭和58年没・享年86

中曽根総理他歴代総理会葬

大正11年3月、卒業(学校生活)の記念出版

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