Museum 安岡正篤記念館 施設のご案内
入館料
個人:一般500円/学生300円
団体:一般400円/学生200円(10名以上/1名様)
開館時間:午前10時から午後4時(入館は午後3時半まで)
休館日 :毎週月曜日・火曜日※
※コロナの状況により開館が変更になることがございますので、ご来場の際は一度お電話いただけますと幸いです。
また年末年始および夏季などの休館日につきましては、当ホームページにてお知らせいたします。
安岡正篤記念館
「一世の師表」「天下の木鐸」と仰がれた安岡正篤。その修己治人の足跡を明らかにし、その不滅の人間学を後世に伝えるため、1991年(平成3年)に建設されました。
当館では安岡の生い立ちから学生時代、「金雞学院」及び「日本農士学校」時代の資料、終戦に臨んで日本農士学校の学生に与えた告辞や終戦の詔書刪修など、戦中戦後の秘蔵資料、また戦後の全国師友協会時代の資料などが展示されています。
1945年(昭和20年)8月10日付けで日本農士学校の学生・職員に与えた告辞には、既に日本がポツダム宣言の受け入れを決定したことが記されており、今後の日本の混乱と堕落、小人・佞人の跳梁跋扈を予見し、いかなる心構えで生きるべきかが示されています。
また終戦の詔書の刪修にあたって安岡が加えた言葉「為萬世開太平(以て万世の為に太平を開かんと欲す)」の肉筆書等も展示されています。
資料展示室のほかには、安岡の自宅書斎を忠実に再現した特別室も公開されています。愛用の机や筆、硯等が置かれ、『世界の旅』に持って行ったトランク、近所(小石川区・現在の文京区白山)で親交のあった海軍大将・八代六郎からの肉筆の手紙等から生前の様子を偲ぶことができます。
館内では現在発行されている安岡正篤の著書・講演録等も閲覧いただけます。
当館では安岡の生い立ちから学生時代、「金雞学院」及び「日本農士学校」時代の資料、終戦に臨んで日本農士学校の学生に与えた告辞や終戦の詔書刪修など、戦中戦後の秘蔵資料、また戦後の全国師友協会時代の資料などが展示されています。
1945年(昭和20年)8月10日付けで日本農士学校の学生・職員に与えた告辞には、既に日本がポツダム宣言の受け入れを決定したことが記されており、今後の日本の混乱と堕落、小人・佞人の跳梁跋扈を予見し、いかなる心構えで生きるべきかが示されています。
また終戦の詔書の刪修にあたって安岡が加えた言葉「為萬世開太平(以て万世の為に太平を開かんと欲す)」の肉筆書等も展示されています。
資料展示室のほかには、安岡の自宅書斎を忠実に再現した特別室も公開されています。愛用の机や筆、硯等が置かれ、『世界の旅』に持って行ったトランク、近所(小石川区・現在の文京区白山)で親交のあった海軍大将・八代六郎からの肉筆の手紙等から生前の様子を偲ぶことができます。
館内では現在発行されている安岡正篤の著書・講演録等も閲覧いただけます。
恩賜文庫(記念館併設)
1933年(昭和8年)、斯道奨励の思し召しにより、宮中から御内帑金(ごないどきん)が下賜されたことを記念して建てられたのが「恩賜文庫」です。
安岡が思索を深める一助として精読した東洋思想に関する文献を数多く収蔵し今日に至っていますが、近年は老朽化が著しく、収蔵書籍を広く皆さまのお役に立てるための整備が喫緊の課題となっていました。
こうした状況を打開するため、当館では2021年2月に初のクラウドファンディング(インターネットによる醵金の呼びかけ)に挑戦。多くの皆さまのご支援ならびにご寄付をいただき、目録の整理分類や損傷著しい書籍の修復、書庫の環境整備などが行われました。
ご支援いただいた皆様の一覧
安岡が思索を深める一助として精読した東洋思想に関する文献を数多く収蔵し今日に至っていますが、近年は老朽化が著しく、収蔵書籍を広く皆さまのお役に立てるための整備が喫緊の課題となっていました。
こうした状況を打開するため、当館では2021年2月に初のクラウドファンディング(インターネットによる醵金の呼びかけ)に挑戦。多くの皆さまのご支援ならびにご寄付をいただき、目録の整理分類や損傷著しい書籍の修復、書庫の環境整備などが行われました。
ご支援いただいた皆様の一覧
Access 安岡記念館所在地
〒355-0221 埼玉県比企郡嵐山町菅谷671
TEL:0493-62-3375
FAX:0493-62-3366